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プロフィール

自己紹介

こ氏名:吉尾正人
生年月日:昭和43年2月7日(51歳)
出身:東京
趣味:旅行、週1回の筋トレ、ドライブ
座右の銘:3倍努力、継続は力なり

私はセールスコピーライター

はじめまして、吉尾正人と申します.
多くの挫折を経験しながら、諦めずに一流のセールスコピーライター
を目指す男です。

まだまだ、これからのコピーライターですが、今まで小さな
事業をしていましたので、ビジネスということでは、どうすれば集客に
結びつくのか、安定的に経営ができるのかを孤軍奮闘しながら考えて、
そこからなぜかセールスコピーライターというものを目指すようになり
ました。

簡単に経歴を書きましたが、ちょっと長くなりますが、自分の紹介を
したいと思います。

学生時代

高校、大学と活発な学生時代を送ってまいりました。

高校からは、フルコンタクト空手という直接殴り合うような激しい武道
を始めて、30代後半までやっていました。

昔は空手バカ一代が流行っていて、極真空手といえば知ってる方も
多いと思います。

ブルースリーに憧れて、小中学校時代は体の弱い、いじめられっ子でしたが、
高校からは、自分の肉体に鞭打って、いつかは憧れのブルースリーのような
ヒーローになりたいと想像していました。

また、大学時代は友人と海外旅行にハマり、バックパッカースタイルで、
貧乏旅行で世界数十カ国を巡りました。

これも空手で度胸がついたのか、全く英語も話せずに、初めて飛行機にも
その旅行で乗りました。それまで国内だって近くにしか行ったことがない
人間が、異国の地に行くなんて、想像もしていなっかった。

友人が当時バックパッカーの必読書でもある沢木耕太郎の「深夜特急」
という小説を読んで、それに感化させれて自分もついて行きました。

ヨーロッパ、東南アジア、南米、カナダ、などを数ヶ月に渡り、リュック
一つで巡りました。

今のように、スマホもなく、地球の歩き方というガイドブックやロンリー
プラネットという英語のガイドブックなどを片手に現地に行って、時刻表を
調べたりしながら、バスや列車に乗りながら、その日の日程を決めていきます。

安宿を渡り歩く旅は、決められたコースを行くのではなくて、今日はここに
いくのにどのルートで行くか。

行ったら、時刻表どおりに電車やバスはこなかったり、夏時間に変更になって
いるなどその場でのハプニングも多々あります。

絶対に思い通りにはいかないのが旅なんだと、旅の話をしたら止まらないぐら
今でもいい忘れられない経験です。

でも、そのような空手とバックパッカーの2つの経験が、今の自分の肥やしと
なって、昔は弱虫だった情けない自分を七転び八起きの精神、不可能はない
という精神を植え付けてくれた出来事でした。

サラリーマン時代

その後、就職をするんですが、実は小学生の頃に骨折をして通っていた
整骨院の先生に憧れて、いずれは整骨院の先生になりたいなと思ってました。

でも、当時はその資格を取る学校に行くお金もなかく、仕方なく就職をし
ました。

それは、当時バブル期では人気のあった旅行会社に、自分の経験を買われて
就職。

海外専門だったので、行ったことのない国々に行きまくれると、期待に
胸を弾ませて入社したのですが、何とそこは今でいう超ブラック企業でした。

朝9時に出社して、毎晩終電近くまで仕事。残業代は全く出ないは、
添乗に行くようになったら、添乗もハードな仕事でした。

当然、仕事で添乗をしている間は、24時間勤務みたいなもんで、何かあれば
夜中でもお客さんに呼ばれることもあり、病気やら、迷子やら、置き引きやら、
全く気が休まる時がない仕事でした。

モーニングコールが朝一番の仕事で、その後から朝食、移動、移動中
のバスの中や、観光に行くとなるとガイドさんがいなければガイドも
するし、夕食を食べ終わるまで、ほとんど息つく暇もない仕事でした。

会社の社長は、昭和の軍人上がりのワンマン社長で、会社にいると、
だれかれ構わず、「貴様は」と社長室で怒鳴なること数時間なんて
当たり前でした。

日々の営業活動やら、すぐに次の添乗の準備など、休日出勤も頻繁に
あって、社畜人生を送っていました。

何度も体調不良に見舞われて、5年を過ぎたあたりでとうとう退職。

まだ20代だったので、のんびりもせずに、形態は違うんですが、
旅行関係の会社に就職しました。

多くの旅行社のサポートする仕事でした。

今度は毎日朝から晩まで外回りの営業がほとんで、夜は接待、
それ以外は必ず先輩の愚痴に付き合う飲み屋のミーティングの日々、
終電がなくなることは頻繁で、タクシー帰りは当たり前でした。

なんだかんだで、約10年近くサラリーマンをやりましたが、無駄な
浪費と時間を費やしたなと思いました。

全部が悪いということではなかったですが、今でも海外旅行は大好き
ですが、旅行は仕事にするより、自分で楽しむものだと思いました。
この時の仕事も今となってはいい経験になっています。

整骨院修行時代

そこから、ある日突然、友人から連絡があり、自分が目指していた整骨院
の先生になれるチャンスが舞い込んできました。

見習いだけど、仕事しながら学校に通わせてくれるという話で、念願の
整骨院の仕事につけるという機会が訪れたことに、願いは叶うんだという
確信を得ました。

また、30代にして学生生活と仕事の両立をするという、それなりに厳しい
毎日で、経験もない仕事でしたが、毎日が充実していました。

やっぱり、この業界も体育会系の業界で、一緒にキックボクサーやら、
空手家やらが働いてる職場でした。

また、院長がとてつもなく厳しい元キックボクサー経験者でしたので、なんとも
30代になってまだまだ厳しい世界は終わらなかったです。

国家資格を取って、いずれは開業するぞ、と心に秘めて、日中は仕事、夜は学校
という生活を3年続けました。

その間に、友人が経営する整骨院に移り、とうとう柔道整復師という国家資格を
崇徳できました。

それからは、コツコツと貯金をしながら、10年目にして待望の開業をすることに
なったのです。

整骨院開業

自分の中では、人生の最終目標の整骨院開業が実現しまいしたが、それ以上に
不安もたくさんありました。

自分の整骨院が出来上がって行く店舗を見て、胸踊る気持ちと、これから一人で
どうやってやって行くものかと不安もありました。

非常に不安を抱きながら、これはなんとかしないとならない、失敗はできないと
いろいろ考えました。

以前に知り合っていた、行政書士の方に相談をして、その方がコンサルティングを
してあげましょうということで、その方のサポートをいただきながら、晴れて
開業をすることになったのです。

ここからこのコンサルである行政書士さんから多くの経営のノウハウを教わりました。

セールスコピーライティングとの出会い

開業前から、ホームページを立ち上げ、開業に向けて、直前の内覧会を行うために、
チラシを作成してもらい、当初は経費もない中で、仕事の合間に、受付スタッフと
チラシのポスティングで何万枚も配り歩きました。

それから、このようなオフライン的な広告からネットを使ったPPC広告を出したり、
ポータルサイトの掲載など、SEO対策なども行いながら、色々な方法を取り入れて
やっていきました。

ここで、特にこのコンサルの方に教わったのが、コピーライティングということ
でした。

今まで、使ったチラシ、看板、ホームページ、PPC広告など、全てにおいて、
文章が使われていて、それはコピーライティングの知識が必要だということでした。

多くはこのコンサルティングの方に広告物の文章は書いていただいていたのですが、
それは方の文章は、本当のコピーライターではないけれども、いい文章書く方でした。

いずれは、自分でもやってくださいと言われながら、数年経ってから、その
コピーライティングを学ぶことになりました。

整骨院仕事の合間だったこともあり、かなりハードな世界で、帰ってからの数時間
コピーの勉強をやっていました。

最後の方では、やっとチラシとホームページの文章を作れるようになり、
(作れるよにと言っても、それほどの腕前でもなっかたですが)世に出す
ことも経験できました。

最終的に、また無理が祟ってか、一人で治療を朝から晩までやり過ぎて、睡眠時間
4時間ぐらいの毎日を送ること、体調を崩してしまい8年と半年で閉院を余儀なく
されました。

現在では回復しましたが、ただもう一度整骨院を起こすには、かなりの体力が必要
です。

整骨院をやめる前から、セールスコピーライターになれるのであればなりたい
という気持ちはありました。

ただ、一人で整骨院をやっていると、そこまで腰を据えて、このコピーライティング
のことをやることができませんでした。

が、この閉院をきっかけに、今書かせていただいた自分のストーリーを考えると、
またとない、人生のチャンスではないかと思えました。

今まで、自分の整骨院の経営でのセールスコピーライティングを使っていたことの
影響力は肌で感じています。

多くの中小企業や個人の営業において、セールスコピーライターは必ず必要だと
思います。

でなければ、自分でやるしかないと思います。

それは、文章を書くということだけではないのですが、そのマーケティングと言える
ものを知らないのと、知ってるのとでは大きな差になってきます。

今度は、今まさに自分と同じように集客や販売など、経営に困っている経営者の方、
特に整骨院ではなくても、頑張っているんだけど、なかなか思うように売上が上がら
ない経営者の方はいらっしゃると思います。

そのような悩みを抱えている方の一人でも、助けられたり、喜んでもらえるような
存在になれれば、と新たな活動に取り組みたいと立ち上がりました。

一人で悩んでいる方がいらっしゃれば、お声をかけてください。

いつでも隣に寄り添って、あなたのお手伝いをさせていただきたいと思います。

私もそうやって、支えられました。

ご縁があれば嬉しいです。

長い文章にお付き合いいただきまして、ありがとうございます。

魂のセールスコピーライター 吉尾正人